夏の匂い
文と写真:碇本学
アスファルトに撒かれた水の匂いが好きだ
夏という季節は日差しのせいで
意識が香りにうまくむかないから嫌いだ
通りすぎる人たちの汗ではない別の
かすかな匂いがする時に
彼や彼女の生活の破片を感じるのがなんとなく好き
自分ではない肉体から発せられる独自のものが
香ってくると物語が発動するみたい
誰一人として同じってものはない
すべてのものが均等化されていくとしても
それぐらいは残っていくって思う
君だけの匂い 僕だけの匂い
それぞれの匂い 交わりあうと別のものへ
記憶の片隅に印をつけるから
何もかも忘れてしまっても思い出すきっかけ
日差しを受けながら走っていく自転車の母と子供
ワンピースの裾が風を受けてひらひら
子供の手が空に伸びていく
花が咲いていくような煌めき
母の匂いは子供を安心させるから次第にうとうと
ゆっくりと振り返る母の顔は笑顔に満ちていて
ああ 他人事なのにどこか幸せを感じてしまって
暑さも嫌でなくなってしまう
向こう側に消えていく自転車のスピード
青空に雲ひとつない
白線の上をできるだけはみださないように
歩いてしまう子供じみた平日
ひたいから落ちていく汗がアスファルト
染み込んですぐに消える
この町のこの道のこの角度のこの速度の
匂いがして
解体されている建物の粉塵が舞う前に
ホースから出された水が散らされて
小さな虹が出てすぐに消えた