舌頭千転

文:重藤貴志[Signature]

「句調はずんば舌頭に千転せよ」という言葉がある。
松尾芭蕉の高弟である向井去来が書き遺した言葉だ。

どうしても良い文章が書けないときは、
何度でも口に出して確かめてみればいい。

簡単なようだが、実際にトライする人は少ない。
でも、やってみれば、その効果に驚くはずだろう。

文章においては、字面の美しさも大切だが、
脳内で音読したときの気持ち良さも重要である。
美しい文章は優れたリズムを持っている。

特に俳句のような文字数に制限のある表現は、
構造そのものが律動につながるようになっており、
唱えることで人の心を強烈に掴む力が感じられる。

普遍的な情景や感情を五・七・五に落とし込み、
時空を超える芭蕉の俳諧は、嫉妬するほど美しい。

辞世の句「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」も、
病床にて“舌頭千転”していたと伝えられている。