手が失ったもの
文:重藤貴志[Signature]
ずっとPCのキーボードを叩いていると、
手が大きな溜め息をついたような気がする。
特に痛みを感じるわけではないけれど、
無言で「ほかのことをさせてくれ」と訴えてくる。
そんなときは、万年筆で落書きをしたり、
小さな二つの鬼胡桃を擦り合わせたりして、
何とか機嫌を直してもらうように試みる。
変な言い方に聴こえるかもしれないが、
手は複雑な動作をすればするほど喜ぶ。
昔は生活のなかに多彩な動作が溢れており、
手が活躍する場所は幾らでもあったと思う。
でも、今はボタンを何度も押してみたり、
ディスプレイの上を滑ったりするばかり。
「便利にはなったのかもしれないが」と手は呟く。
「こんな世の中はつまらないだろう?」